その3 別のお話篇
ざわざわしてる周りの何処を見ても、知らない人ばっかりで。そのどの人もが、全然足元なんかに気を回してくれてないか、妙に眸を丸く見開き加減になってセナのこと見下ろしていて。まるでこっちが…何かびっくりさせるようなことでもしたみたいなお顔をする。高いとこにいる人ばっかり。どっちから来たのかな、もう分かんない。だって、お空さえ遮る高さに沢山、何にも見えなくしてる人・人・人…。
「……ふぇ…。」
どうしようって思った。お鼻の奥がつきつきして来た。お眸々の奥もじんわり熱いの。でもでもネ? 泣いちゃダメなの。だって、もう二年生になったのに。お兄ちゃんになったのに。コケたのでもないのに、泣いちゃダメ。ひゆ魔くんみたいに強くならなきゃいけないの。しゃがみ込んで、お口に両方の手をぎゅうってかぶせて…息を止めて。そぉって周りを見回すの。センシュじゃない人も、みんなどっか同んなじカッコしてるから、ますます分かんない。どうしよ、あっちで良いのかな? 知ってるカッコのセンシュの人たちがいるのだけれど。でもね、ほあいとないつのとは何かちょっと違うみたいなの。どしよ、どしよ…。
「ふみ………。」
進さん…て。逢いたいおって、お胸の中で呼んだらね、後ろの方で何か声がして。おダンゴみたいに小さくなったまんまで、振り向いたのと同じくらいに、サッてすぐ傍に屈んでくれた人。
「セナ。」
「ふや…進さん……。」
お手々を伸ばすとネ、広いお胸で抱っこしてくれるの。小っさいセナを余裕でくるみ込む暖かいお胸、大きいお手々。グローブとか“ぷおてくた”の革のによい。あのねあのね? ごめんなさい。ボク、迷子になってたの。試合中なのに、はーふたいむで、進さんも“きゅーけー”しないといけないのにね? そう言いたかったけど、何だか喉が痛くって、お口も強張ってて。ぐしぐしってお鼻を鳴らすしか出来なくて。だって、進さんの大きなお手々が、あのね? ずっと“よしよし”って頭とか背中とか、ゆっくり撫でてくれるから。
「怖かったろうに。」
ぎゅってしがみついてコクッて頷くと、小さなセナを抱っこしたまま、ユニフォーム姿の進さんは、そぉっと立ち上がってくれて。そのまま、ベンチがある方へと戻ってくれる。視界がずんと高くなった周りからは、さっきと全然違う雰囲気がして。急かすみたいな沢山の足音はもう聞こえなくなったけど、その代わり。進が、進だ、ってこそこそって聞こえてきて。皆が進さんのこと、話してるんだなって判る。
『ボクだったらきっと居たたまれないだろなと思うけど、奴ってばそのくらいは平気だからね。』
だから気にしないで良いんだよって、桜庭さんが笑ってた。居たたまれないってどういうことか、判らなかったけど、なんか…ただ じぃって見られてるだけなのが、何にもされてないのにあちこちからベタベタ触られてるみたいな気がするから。そいで、それが落ち着けなかったから、このことかなって思ったの。背が高くて つおくて、走ると物凄く脚も早い進さんは、普通に歩くのも速いから。しばらくすると、セナも覚えてる観覧席のスタンド下をくぐるようになってる通路を通って、生き生きとした緑がきれいなグランドに出た。ああそうだった、こっちの会場だった。同じ白いユニフォームに見えた、あっちの方に固まってたのは別のチームの人たちだったんだね。
「あ、セナくん。見つかったんだ。」
やわらかそうな亜麻色の前髪を、一房だけひょこりと立たせてて。やはりユニフォーム姿の桜庭さんが、ベンチ前から声をかけてくれ、そのまま肩の向こうへ“ぐりんっ”とお顔を向ける。
「小春ちゃん、セナくん、見つかったよ。」
するとそっちの遠くから、ちょっと悲鳴っぽい高さの可愛らしい女の子の声が応じて。その主が現れるのさえ待ち切れないのか、傍らまで寄ってくると、
「心配してたんだよ? おトイレだったら小春ちゃんに言って連れてってもら…。」
叱った訳じゃない。お話する時はいつだって、お膝に手をついて、出来るだけ目線を合わせてくれる、優しい桜庭さんだから。セナくんのこと、いい子いい子っていっつも可愛がってくれる人だから。ベンチの周りから急に姿が見えなくなっちゃったセナのこと、本当に心配してくれたんだと思うのだけれど、あのね?
「むが…っ?」
そのお声が途中で“むぎゅっ”て潰されちゃって。首をすくめて“ごめんなさい〜”って思ってたセナでさえ“…あれれぇ?”って不思議に思ったくらい。お顔を上げて見上げたらば、進さんの大っきなお手々が桜庭さんのお顔の下半分をがっつりと覆ってて、
「もう十分に反省している。怖い想いもした。」
いや、だから“セナくんが”ね? まだちょっとしゃくり上げてたその震えが、頬っぺをくっつけてる胸板へ伝わっていたから? ううん。どーんってぶつかっても大丈夫なようにっていう“ぷおてくた”付けてる進さんだから、そんな小さなものは伝わってない筈なのにね。もう責めてやるなって、そうと言いたい進さんらしくて。
「…うう…。」
涙目になって判ったからと頷いて見せた桜庭さんだと確認すると、やっとのこと手を離してあげた進さんで。はあと息をついてからセナへあらためて笑ってくれた桜庭さんの腰あたりから、つやつやな長い髪の、ちょびっと小さなお姉さんが顔を出した。
「ああっ、セナくんだぁ〜。ごめんねごめんね? わたし、要領が悪くて。ばたばたって忙しくしてたからって、おトイレくらい一人で行けるって、思っちゃったのよね?」
ごめんね、ごめんねって何回も何回も言って、泣き出しそうになってた小春お姉さんだったので、ううってセナもまた泣きそうになったの。ごめんなさい、ごめんなさいです。そう思って、またお眸々がじわじわうるうるして来たら、あのね?
――― ポンポンって。
進さんがね、今度は…さっきセナにしてくれたみたいに、泣きそうな小春お姉さんの頭も大きなお手々で撫でてあげたの。そしたらね?
「………え?///////」
あ。小春お姉さん、真っ赤だ。そのまま固まっちゃった。
「…し〜ん。女の子にやたら触っちゃダメだっての。」
苦笑する桜庭さんに、何でだ?ってお顔になった進さんだったけれど。ちゃんと説明をしてもらえたのかな? だって二人とも、すぐに監督さんに呼ばれちったからね。今日は“かんとう大会”っていう試合の2回戦なの。お習字の匂いがするグランド。昨日からの雨が上がって、芝生がキラキラしててきれいで。そこへ飛び出してく白いユニフォームも、もっと凄っごくきれーで。風船のおーえんバットでセナも進さんたちへの応援再開です。
「進さん、がんばって〜〜〜っ!」
必死のお声が、スタンドから降ってくる大きな波みたいなお声に呑まれそう。お空では、切れ切れの雲間から覗くお空が、びっくりするほど青かったです。
◇
試合は王城ホワイトナイツが勝ちましたvv ジャージ来た小さいお兄さんたちと小春お姉さんとが、スクイズポットとかタオルとか、ちめたくって冷え冷えの氷のパックとかお片付けしてるのを見ていたら、セナくんのこと軽々ひょいって、進さんが片っぽの腕だけで抱えちゃって。
「帰るぞ。」
そんなお声をかけてくれたの。いっつもは順番が逆で、頭を撫でてくれてからお顔を覗き込んで、抱っこしてくれるのだけれど。
「あ…。」
進さんが抱えてたヘルメットにも、白いから見えにくいけど…点々がいっぱいになっていて。セナくんのお鼻にもぽちんってした、小さい雨が降って来たからね? ぐずぐずしていたら濡れちゃうって思ってくれたの。引き上げたロッカールームは汗の匂いが凄かったけど、進さんはいつもてきぱきって着替えちゃうからちょっとの我慢。今日のゲームの反省会は、明日のガッコでって監督さんが言ってたので、そのまま解散ってなって。
――― お疲れさまっしたっ、押忍っ、て。
大っきい声でのご挨拶が済むと、大っきいバスでガッコの近所までみんなで帰るの。遠足の時に乗るみたいな大きいバスは、ゆるゆるごうんって、電車とも違う波波に乗って揺れるから。進さんのお膝にいると、そのままいつの間にか寝ちゃっちゃうセナくんで。小さくてほわほわしてて、ちょっぴりお喋りで。でも。小鳥が囀るみたいな愛らしいセナくんのお声は、皆も大好きだったからね? 他愛ないこと、進さんにお話ししていたり訊いてたりする様子、和んだお顔で眺めるのが“いっぷくのせーりょーざい”なんだよって桜庭さんが言っていた。あれっていつだったのかなぁ?
『進も随分と変わったもんだよな。』
そうそう。ひゆ魔くんといた時だ。まるで大人みたいに、そんな風にしみじみ言ってたひゆ魔くんへ、桜庭さんが“あはは…”と笑って見せて、
『そうだね。慮(おもんばか)るってこと、覚えたのは大進歩だもんね。』
そんな風に言ってたの。むつかしい言葉、おもんばか?って訊いたらね?
『う〜んと、あのね? 自分の考え方だけで良いってしないで、相手の人の気持ちっていうのも、想像して察してあげること。』
桜庭さんは、そ言ってた。あのね、進さんはセナくらいに小さかった頃からね、手をつけたものは大概、スポーツジャンルのものなら殆ど。しばらく続けてるとすぐにも、ただ“こなせる”よりももっと上手に出来るようになっちゃう人だったから。周りの人は“凄いねー”っていっぱい褒めたり憧れたりするんだけれど。進さんにしてみれば、何で褒められるのかが判らなかったんだって。何だって例外なく、こつこつと何度も何度も繰り返して練習していれば、いつかは出来るようになるのにって。出来るまで練習していれば良いだけのことが、何で“凄い”んだろうって。進さんの側からすれば、練習を続けもしないまま放り出して、上手に出来るようになった進さんへ“凄いねー”って言うっていう順番が不思議でならなかったらしいよって。
『体力とか気力とかがちょっぴり足りなくて、どうしても続かない人とか、根本的に向いてなくって“出来ない”人もいるって事。進は理解していなかったらしいんだ。』
学生としての最低限必要な“義務”は怠らず、でもって、関心がないことは すっぱりと視野の外。いつも“自身”と向かい合ってて、もっと強くならなくちゃ、強い人間にならなくちゃって、それが果たされたないうちは、一人前じゃあないって思ってたみたいだったから。だったから余計に、周囲に目を配る余裕がなかったのかもしれないね。しかもそれで平気だった。
『頭が固てぇあいつらしー。』
それって強いんじゃなくて果てしなく鈍感だっただけじゃんと、ひゆ魔くんが大人の人みたいな笑い方をしてて、桜庭さんも同じように笑って。でね?
『セナくんと出会って、色んな人が居るんだってことを、理屈だけでじゃなく肌身のレベルで、きっと初めて気がついたんだよ。』
気の小さい人、怖がりな人も居るんだってこと。いくら強くなるためであれ、他を全部投げ打ってでもって訳にはいかない。スポーツも上達したいけど、お勉強もこなさなきゃいけないし、それと同じくらいに、身の回りにいる人たちとも満遍なくお付き合いしないといけない。だって、独りぼっちは寂しいじゃないと思う、そういう感覚がぼこぉっと抜け落ちてた人。勿論、人を見下すとか鼻持ちならないような傲岸な奴だったとかいう訳ではなく。ただ…親だの友だの、誰かの手を借りねばならない年でもなかろう、何でも一人で出来ようにと。強くなることという、単純明快、判りやすいが誤解もしやすい、そんな目標を早くから掲げていて、独立心もまた早くから芽生えていた彼は、そんなせいで、同い年のお友達に求めるものがさしてなかったのかもしれない。そのまんまで高校生になってしまった、一点だけが極端に未成熟なままだった彼は、
『自分とは何もかもが真逆な、小さなセナくんに出会ったでしょ?
しかも、大胆なことには“一目惚れ”しちゃった訳でvv』
理屈とか道理の順番とかに一切関係なく、接した途端に、しかも…胸をぎゅぎゅうと絞り上げるほどの強さで、気持ちへダイレクトに響いたもの。小さくて小さくて、ちょっとでも乱暴な触れ方をすれば、そこから他愛もなく崩れてしまいそうなほど脆そうで…可憐で愛らしくて。ああもう、誰かがついてて守っててやらないと、そよぐ風にだって圧し負かされて、どうにかなってしまうぞ、この子は…と。第一印象はそんな感じだったとか。でも、次に判ったのは、何につけ一生懸命な頑張り屋さんだったってこと。大きな犬に吠えられても、泣きそうになりながら、でも、逃げないで踏みとどまってた。彼なりの一生懸命で。頽れそうになりながら、でも、精一杯に頑張っていた。
『それって、あのね?』
大人を振り回して悦に入ってる生意気盛りで、弱みや隙を絶対に見せたりしない、尖んがってばかりな、そんな妖一くんが。しょうがねぇなというお顔をしつつ、唯一、この子にだけ心を許しているのも。隠しごとをせず、卑屈にならず、精一杯に一生懸命なところに惹かれているのかも知れなくて。
『………さあ、どうだかな。』
素っ惚けたヨウイチくんだったのは まま置くとして。世間様が“健気”と呼ぶのだろう、そんな姿がどうにも愛らしく。でもね、それと一緒に思い出したのが。誰彼構わず威嚇睥睨していた訳ではないながら、飛びっきりの強さを隠そうともしないでいた自分へも、怯えて見せてた彼だったこと。それがどうにも、歯痒くて…切なくて。
――― 相手次第なものには関心なかった、割り切れてた奴だったのにね。
その侭ならなさへの切ないって気持ちを初めて知って。
強いばっかではどうにも出来ないこともあるってこと、思い知って。
そうして、
『セナくんにいつもいつも笑っててほしいって、そう思うようになったから。』
大切な人のことを、守るための強さをあらためて身につけてる進なんだろうね。何だ、あいつ、これ以上強くなってどうすんだよな。何処かで噛み合ってなかった会話を思い出しながら、セナくん、とろとろ夢心地。頼もしくって暖かな、進さんのお胸で気持ちよくお昼寝中。
「……………。」
ああ、せっかく雨が上がったのにね。きれいな虹が出ているのに、起こしては可哀想かしら、でも見せてもあげたいし。どうしたものかと、こんなささやかなことでさえ思い悩めるようになった武神様。
「起こすと思うか?」
「いや、無理だな。」
梅雨の最中、戦いの最中には格別の安らぎ。小さな虹みたいな天使くんの稚い挙動所作には、周囲の他の青年たちも実は実は、疲れた気持ちを癒してもらっていたりして。思いがけなくもこんな間近へ降り立ってくれた天使様に、恐らくはこれからも振り回されるのでしょうね。
“でしょうよねvv”
これからも楽しみですよと、苦笑したアイドルさんの携帯に収められた、安らかな構図。窓からの薄日が弾けたからか、二人の上へヴェールのような虹色のスペクトルが散っていたそうですよ…。
〜Fine〜 05.6.12.
Cへ進む?***
*あああ、ちょっと玉砕。(苦笑)
別のお話は、どこで止めれば良いのか判らなくなる“暴走もの”でもあるので、
長引き出すと難ですね。(おいこら、他人事みたいに。)
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